2月長崎でのコンサートではじめて歌った、「ボンボワヤージュ」。
美輪明宏さんの歌詞だということで、より心が動いた。
またその演奏ぶりもネットで視聴したが、改めてその表現者としての
存在感に圧倒された。こんな風に歌い上げるのか。まさに歌が芝居になって
いた。
聴いていただけなのに、情景もくっきり浮かぶ。
港での男女の別れ。女性の歌であるのに、歌詞に出てくる相手の男性の顔
までも浮かんでくるそんな見事な表現力。
テレビドラマに出演されていた男装の時代から、その不思議なオーラに、
魅せられ、自分はまだ幼かったのに、ずっと気になる存在であった。
なんだろう?不思議な人。と思っていた。
そして、大人になるにつれ、その生きざま、とくに歌唱や芝居での表現
に強いメッセージを受けとるようになった。
ただ、お姿をお見受けできたのは、新宿伊勢丹での売り場であり、
ステージを生で見ることは叶わなかったが、
ただ、ご本人が衣装を選んでいる姿を目の当たりにできたことは、
とても幸運で、同じ洋服を好みという点は、勝手に誇りとしていた。
あの頃から、黄色の衣装(ヘアも含め)が印象的であった。
長崎生まれの三輪さん。原爆も経験された。
そのご苦労を後世に伝え、戦争は絶対にしてはいけない。
愛があれば、戦争はおきない。
愛で平和な社会を・・・。
そんなメッセージを繰り返し伝えてこられた、三輪さん。
91歳の人生を終えられたとの報。そんな日がきてしまった。
全身全霊で、自らの存在でもって、人々に生きる勇気と愛を
伝え続けた人生。性を越えて、人間とは。という問いにも
向き合われた人生ではないかとも思う。
時代の先駆者として、
永遠の表現者として、愛の伝道者として、唯一無二の存在で
あったと思う。
昨日はボンボワヤージュを再び弾き歌い、三輪さんが生まれ育った
長崎の港と空を思い出していた。
まさに、次の目的地にむかって旅立たれたのかもしれない。
ありがとうの言葉を込めて、長崎の空に向かって、ボンボワヤージュ。
その存在と感動は永遠に。
そして、
愛と平和を伝えること・・これは受け継がねば。と強く思う。
