今日で6月も最終日。
雨の多い季節を楽しめるようになった理由のひとつは
あじさいの存在かもしれない。
主人がいなくなっても毎年咲く、実家の庭にあるあじさい。
彼ら(あえてそう呼ぶ)が今年も咲いた!と歓び、まるで
再会を喜ぶように、つかのまの時間を静かに楽しむ。
そんなことがこの5年の習わしになった。
「今年もまた咲いたよ・・・」
悲しみが雨に流され、時の移ろいを受け入れることができる。
そこにじっといるのが、紫陽花。
いつの間にか、私にとっては大切な友のような存在。
庭に咲く花から1輪。切って自宅の良く見える場所に置く。
庭だけでなく、自宅ででも対話する。
今年は、こんな風変わりな紫陽花をみつけた。
これまで見てきたぎっしり詰まった紫陽花よりも
自由奔放な感じで、今にも動き出しそうだ。
どっちに向いて咲いてもいいんだよ。
なんだか、微笑ましく、勇気づけられたりもする。
今年も紫陽花に助けられたこの1か月。
おかげさまで、梅雨の鬱陶しさを越えて、みずみずしい気持で
過ごせたような。
今日は水無月をいただくという習わしもあるそうで、京都の
和菓子屋の店頭が賑わっていた。
6月の締めくくり。
いろんなところで。私は紫陽花を今しばらく眺め、彼らとの
静かな対話を楽しみたい。
今年もまた、咲いたよ。
来年も、また 咲いてね。
また、会おうの約束を。
JUNE PROMISE。
