リスクはいつでも。

先日、ちょっとしたことで日常のリズムが崩れたことで、
「無事」というのは、単なる偶然ではなく、奇跡的なことだと
思うようになった。
何もなければ、無事の有難さは感じないが、有事になれば、
無事のおかげで日常生活が保たれているかを痛感する。

地震でも、停電でも、事故でも、何でも・・・
何かが起きると、さまざまなバランスを崩してしまい、
計画どおりにいかなくなる。

物事が順調にいかないと、悔しい思いをしたり、
計画の見直しを迫られたりするが、それは生きていく
上でやむを得ないこと。
何事にもリスクはつきものなのだ。
生きることは、リスクへの対応そのもの。
いかに自らを守り、生きるか。

無事であることを信じ、目標を持ち、計画を立て
そのように進められるように信じ、生きているが、
現実はそんな甘くない。

思わぬことが次々起きる。美しく言えば、ドラマチック。
でも、苦痛を伴うことも多い。
それが現実。
それに立ち向かう力、
その対応力こそが生きる力かもしれない。

ということで、今日は出張をリスケ。
少し動きをセーブし、整える時間が必要だから。

それにしても、毎日、公私ともにいろんなことが
起きる。
生きているということだと解釈する。

予定どおり進む人生は、面白くないのかもしれない。

そういう意味で、人々がスポーツを好きなのは、
何がおきるかわからないから。
その瞬間に全身全霊で立ち向かう選手たちに
自らを重ねるからなのかも。

人生はときに走り、ぶつかり、転び、そして
這い上がる。
リスクを賭けて ゴールに向かうのだ。

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