終わりなき はじまりはなし。

2月も最終日。
今日で、前に書いた近所の百貨店が71年間の営業に幕を閉じる。
と、たとえば、こんなことにしんみりしてしまうが、
それ以外にも、いろんな終わりを迎える季節になった。

プロジェクトが終わる。
ひとつの活動が終わる。
任期を終える。
私の周りでも、いろんな「終わり」の報せが入り、
自分に関することでも、いくつかの節目を迎える課題がある。

「終わり」とは、もっと続いてほしいという、終わりや別れを
惜しむ気持ちと、
あえてここで一度線を引いて、改めて動き出そうという
前向きな気持とが入り混じる人生の交差点とも言える。

もし、終わりを惜しむ、悲しい気持が勝るときには、
一度、終わることは、新たに始まることだと、自分に
言い聞かせる。
別れとは、終わりとは自分から告げることもあれば、
告げられる場合もあるが、いずれにしても、
未来への出発点だととらえたい。

同じことを続けるのではなく、環境を変えること、
違う方向を見ることによって必ず道は開ける。

人生はいつか終わる。と思えば、
個々の取り組みも、はじまりがあれば終わりがあることが
当たり前であると思えてくる。
さまざまな出会いと別れ、始まりと終わりの繰り返しで
人生はより豊かになる。

終わりがあるから、次のはじまりがある。
どんな終わりも、未来につながる道であると思いたい。

でも、寂しかったり、惜しむ気持はもちろんある。
感謝の拍手を送りながら、次に向かうのが春。

今年も、そんな春がきた。
春は希望に満ちながら、憂いもつきまとう。
でも、また始まる。

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