実家の近くには飛行機を製造する企業もあり、それを購入して、
使用する組織がある。
隣町は、まさにその存在、産業で成り立っているといっても
過言ではない。
その町に隣接するわがふるさとの空は、その飛行機の試操縦や、
練習に使われており、真上を飛んでいったり、旋回しているのが
日常の風景。
子どものころから、今も変わらず、時々
「バリバリバリ」という音とともに頭上を飛んでいくことに
違和感を感じず、「また飛んできた」という感じで、その場を我慢して
いた。もちろんその飛行機で物資を輸送されたり、人を救ったり
されてきているだろうから、やむをない騒音であり、社会のために
必要なことをされているのだから・・・との気持ちもあった。
またその騒音のため、近隣住民にはさまざまな配慮もあり、
そういった恩恵も受けながら、騒音ある環境と共生してきたし、
私の場合は、自分が弾くピアノの音は、この飛行機音に消される
ため、ピアノが騒音とならなかったのも、幸いなこと・・とも
思っていた。
しかし・・
最近も、実家の近くを歩いていると、「バリバリバリ・・・」と
物凄い音で、手が届きそうなほどの低空位置で飛行機が飛んできた。
本当に近いので、現実感が増す。
もし、堕ちてきたら死ぬなあ。こわっ。と震える。
なんとなく最近のさまざまな報道から、最近の空では自衛のための
飛行機だけが飛んでいるのではない・・ような気がしている。
もしかのための?であったら・・・。
この音がもっと日常的になり始める社会になったら・・・。
恐怖が迫ってくる。
戦争の映画でなく、今海外で起こっている戦地の様子を見ると
凄い音がしているではないか。
あのバリバリバリ・・自分が最近きいているあの音は平和の音ではないかも。
怖い。
思わず、低空を舞う飛行機を見あげて
「お願いしますよ。」
と言ってしまう。
音楽の音は平和の音。
バリバリバリ・・・は・・・。
恐怖を感じる生活は、絶対に避けなければ。
戦争があると、もうかる産業がある。
だから、人は戦争をする。
ばかげている。
そんなお金があったら・・・。
平和の音だけの世界にいきたい。