30代後半から40代前半は、アジアとくに台湾とのかかわりが
深い日々を過ごした。
羽田空港から出ていた国際便は、ただ中華航空のみ。小さな
ターミナルから台北行きに乗って出かけた初出張のことが
今も懐かしい。
あれから、8年ほど毎月通った台湾。
思えば、メールをようやく使い始めた時代。
当時はまだリモートという発想もなかった。
ネットが少し普及しはじめたが、まだアナログ主流の
コミュニケーションが中心。
台湾に通った時代には多くの仲間と出会い、関わらせて
いただいた。
通訳をしてくれた仲間も代々・・。そして最も長い間お世話
になり、公私ともに親しくしていただいた一人の女性。
日本の大学にも留学しており、日本語を話すだけでなく
考え方も日本的な一面も持ち合わせており、よき理解者。
仕事以外にも、私の生き方を面白がっていろいろ聞いて
きたり、人生についてもよく語り、ともに考えた。
いつの間にか、仕事の仲間というよりも、その人が幸せに
生きられるようにと応援する間柄になっていた。
台湾の仕事が終わって、しばらく交流は続いたけれど、
コロナもあって、大変ご無沙汰してしまった。
そんななか、このところ、台湾の人と会う機会があったり
台湾の企業の話をする機会がつづき、ふと、しばらく
会っていなかった妹のように接してきた彼女のこと
が気になり、久しぶりにメールした。
すぐに返事が来なかったけれど、しばらくしたら
返信が届き、安堵。
そして、近況が綴ってあり、高齢のお父様のことが書かれて
胸がじんとなる。
あの頃は、みんな若かった。でも、今は親の終末に寄り添う
年齢になり・・・。
月日の流れを改めて思い、台湾時代の思い出が走馬灯のように
頭を巡った。
会えば十年以上ぶりの再会になる。
よし、今年こそ会いに行かねば。
人の縁という糸は、大切にしなければ。
切れないうちに、紡ぎ直す。
今、会いたい人に、会っておかねばならない人に。
会えるうちに会っておかねば。
さあ、台湾の妹に会いに行こう。そして
もっとも尊敬するあの歌姫にも・・・。