気が付けば、この約二年。親が旅立ったあとは、親と親しかった人
たちとコンタクトをとる機会が増えている。
まるで、親に会いに行くように、何か差し入れやお土産があれば、
またはおすそ分けしたいものがあれば、花一輪でも、カステラの
切れ端でも、とにかく持っていく。
母が通っていた食料品店にも、頻繁に顔を出し、少し買い物をして
世間話をする。
会えない人には、はがきを書いたりする。
すると、お礼の電話がかかってくる。
会話は少し通じづらいこともあるが、それでも問題ない。
一生懸命聴いていたら、その心がわかる。
コミュニケーションの相手はみなさん、80代から90代・・・。
親の世代と普通に、コミュニケーションしている自分がいる。
ここは、仕事の関係や自分の同世代の友人との交流とは一味違う、
自分のルーツの世界の交流だ。
一部、認知症になっている方がいたりするが、それでも会話を
続ける。声をかける。
「元気?元気にしていてね。またね!」
なぜ、親の知り合いの方たちと交流を続けているのだろうか。
それは、その人を通じて、親と会える気がするから。
会話のなかには、親とのエピソード、思い出話が必ず出てくる。
それをすることによって、親という存在が消えずにいる、共有
し続けることで、親が一緒にそこにいるような気持ちになるのだ。
存在の「共有」。
これは、大切な人がそばにいなくなっても、いると感じられる
方法かと思う。
大切な人のことを忘れないでいれば、その人は永遠に生き続ける。
今、ほんとうに、そう思っている。
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