投稿者「mahsa」のアーカイブ

当たり前だった日常が戻る喜び

東京時代に発見した、神田の居酒屋。あまたある飲食店の中でも、奇をてらうことなく、ただただ美味しいものを提供するお店として、人には教えたくない店として、お忍び利用をしていた。結果的には、いろんな人をお連れしたり、しっかり応 … 続きを読む

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相対的より、絶対的であること

今回の選挙。あまり政治のことには触れたくないが、学んだことがある。そのことについて少し。 他人の批判ばかりしていると、決していい印象にはならない。批判ということは、相対的でしかなく、同じレベルでいるということ。ときに、見 … 続きを読む

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空の上の晩酌タイム。

両親が健在だった頃、家族でよく利用していた和食レストランがある。久しぶりに、妹と二人で店をたずねる。たまたまかかってきた電話で訃報を突然知って、驚き悲しんでおられたため、気になって、元気な顔を見せるためランチに行くことに … 続きを読む

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窓から願う「いい日、旅立ち」

父がお世話になった施設に、最後の物の引き取りとご挨拶に向かう。ベッドもテレビも、なくなった部屋に入る。これが最後の入室となる。片付けの途中で、写真を撮らせていただいた1枚。窓の向こうには、地元の神社。前方には天気によって … 続きを読む

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課長の仕事って。

最近、企業の管理職の皆さんと個別に話をする機会が多い。一つの会社に、複数の管理職の方々がそれぞれがんばっておられるが、同じ役職名がついていても、人それぞれにその役割への意識や、担い方が異なる。それは、経歴や得意分野、仕事 … 続きを読む

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ひとつ乗り越え、たおやかに。

コロナ前に歩いた、嵯峨の竹林のことを思い浮かべている。寒い冬。日陰からしゅっと伸びた竹たちを見上げると、その先に空が見えた。光を感じた。未来を感じた。 人生は、いくつもの節目を経て、成長していくものだと。節目を越えると、 … 続きを読む

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惜しいバースデー。

本日10月28日。父が生きていたら、85歳の誕生日であった。もう2週間がんばってくれていたら、お祝いもできた。でも、この2週間が待てなかった、もたなかった。 なんとか夏を乗り切って、なんとか誕生日までは、なんとか年内は・ … 続きを読む

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聞ける人に支えられ。

たとえば、ひとりの人生が終わる。このあと、何をどうすればいいか。その時になってみないと、いざ、その現実に直面しないと、わからないことが多い。親を送るということは、これまで知らなかった世界に足を踏み入れることでもあると、改 … 続きを読む

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そっと、見守る優しさを。

マスコミの役割について、考えさせられることが多い近年。公器として、報道する立場としての思慮深さ、社会への影響をよく考えて報じているだろうか?興味本位や偏狭な解釈、あるいは操作的な意味合いを忍ばせて発信してはいないだろうか … 続きを読む

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並んで、こっちを向いて。

母のときと同様、父の四十九日まで、何度かお寺に伺う。亡くなってから納骨までの法要に関することを一通り体験したことが記憶に新しく、今度は何かとスムーズというか、段取りがいいといいうか・・である。人間、不思議なものだ。経験す … 続きを読む

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