道は続く、どこまでも。

30代の頃、特によくNYに通っていた。
私なりのアメリカンドリームの時代だったかもしれない。
日本では見たことがない新たな、スタイリッシュな店、
そして移民たちがつくった、世界各国の文化と歴史を
感じる多種多様な店、公演で開かれているマルシェを
見るだけでも飽きることがなく、さらに道行く人を
眺めているだけでも、大いに刺激を受けたあの頃。
ニューヨークも本当にいい時代であった。

尋ねるとほんとうによく町を練り歩いた。
地下鉄やタクシーが怖かったのと、バスでは時間がかかったせい。
ならば、歩けばいい。摩天楼を眺めながら、すれ違う人に挨拶を
交わしながら、まるで住人になったような感覚で・・・。
そのわりには、せっかくの旅だからいろんなものを見ないと損を
するかのようにきょろきょろ。
朝から夜まで、足の裏が熱くなるほど、てくてくと歩いた。
当時はスマホも万歩計もなかったが、おそらく1日2万歩ほど
歩いていたかもしれない。

とくに、ブロードウェイが好きだった。「広い道」という意味。
だから歩きやすい。車の往来も多く、店も立ち並ぶ主要な通り。
この道は劇場通りとしても有名であるが、劇場がある41~50街
だけでなく、チャイナタウンやウォール街の方に向けてずっと続く。
この道沿いに歩くだけでも、十分にマンハッタンの歴史と現在を
感じる。
同じ道を毎回歩く、そんなことが町の観察にはいい。
先人たちが歩いた歴史の道を歩く。
今年でアメリカも250年。当時のあの道はどうだったのだろう?
(まだ命名されていなかったかもしれない)
思いを馳せる・・・そんな旅が好きだ。

日本でいえば 東海道、中山道の旅もそうだ。
これらは まだ歩いて完全制覇したことはないけれど、馴染み深い。
交通機関がない時代、歩いて旅する人に留まる宿。宿場町は今も趣がある。

さて、長崎にも歩きたくなる道がある。
南蛮から砂糖がもたらされ、長崎から小倉までその砂糖が運ばれた
シュガーロードと呼ばれる長崎街道。ちょっと幸せな感じがする道だ。

そして、あの二十六聖人たちが京都から移動させられ、時津港から
殉教することになる西坂まで歩いた浦上街道。
この道は、想像するだけでもいたたまれない気持になる。
今は電車もバスも往来し、生活の大切な基盤として存在している。

先人たちのいろんな夢、傷を思いながら、道をてくてく歩く。
長崎では、歩くことを「さるく」と言うが、本当に歩きがいの
ある道多き町。

自分の足で立ち、歩けるうちに、どんどん歩こう。
そこに暮らす人たちの暮らしを見ながら、世界を広げることは
とても楽しい。

道は続く、どこまでも。
立ち止まらず、旅を続けよう。
出会いを求め、そして時々ふりかえりながら・・。


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