待ってくださる方たちへ。

施設にお住まいの方々がこれを作ってくださった。
昨日行ったコンサートのためのポスターだ。
コスモスが立体的に、風車のように見える。秋を彩るさまざまな
モチーフを形作り、塗り絵をして、スタッフの皆様のご尽力あって
このコンサートのためにご用意いただいたのだ。
この施設は、以前、父が最期までお世話になった。だからより
一層の思いがある。
最後の何か月は、毎日のように通い、また父がいるときも
コンサートにお邪魔したこともあった。
同じ場所に足を踏み入れたとたん、あの日々が蘇り、と同時に
今も変わらずスタッフの皆さんが献身的に利用者に家族のように
接しておられる様子を見て、こちらもパワー全開となる。

1時間マイクなしで、しっかり大きな声で、歌い、弾き、話し、
皆さんを楽しい音楽の世界にいざなった。
「さあ、一緒に楽しみましょう。さあ、ご一緒に!」
私のパフォーマンスを見て、スタッフの皆さんも率先して
手拍子やダンスを披露され、会場は盛り上がる。
認知症の人が多いなかでのコンサートは、どうすれば響くか。
回数を重ねてわかってきたことがある。
ひとり一人に寄り添って、演奏すること。話しかけるように、
一緒に会話をしているように、あの頃にいざなうこと。

昨日も途中、涙を流しておられる方が何名かおられた。
あとで、
「泣けてきたわ。いろんなことを思い出して」
「泣けるということはいいことですよ。」
何か溜まっていたものが、涙で流されて、心が浄化される。
すっきりされた感じを受けた。

楽しみにしてくださる方。
おかげさまで、この1週間に3回のステージ。
会場も対象も毎回異なるけれど、どんなときも、どんな場所でも
今日出会う人に向き合うこと。

ありがたいポスターを背に演奏できる幸せ。
歓迎されるということの歓びを味わうことができ、しあわせだ。

「せんせ、また来てね」
「はい、またお会いしましょう」
いつまでこの記憶が残っておられるかわからないが、
それでいい。その時が幸せ、その瞬間が最高であれば。

さて、今日からは、また切り替えて新潟に向けて、準備を整える。
ちょっとハードにしてしまった今週の活動計画であるが、
最後までやり切る。

さあ、次の世界へ。
待っていてくれる人がいる限り、進む。
それが生きる力の源泉となる。

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