70代後半で活躍中のピアニスト、クンウー・パイプ氏の
演奏を聴いた。生ではなく放送ではあるけれど。
演奏されていたのはショパンのノクターンの数々。
もちろん有名な2番や遺作も含まれていたが、初めて
聴く作品もあり、ながら視聴でありながら、思わず
手をとめ、耳を澄ました。
なんと静かにゆったりとした演奏だろう。
クラシックの名曲は弾き手によってまったく違う
解釈、表現になるが、パイプ氏の演奏はとても深淵だ。
ノクターンは長く弾いてこなかったけれど、
自分との対話のためには、とても適した作品だと
インタビューで語っていたが、確かに自身と対話を
しているような、静かで染み入る音色である。
一音一音が、弾く本人の心に溶けていくような、
そんな感じともいえるだろうか。
若いころは、速く弾く。指の動きを競う。
そんな時代。いかに間違えないか、いかに楽譜通りに
弾くか。
ジャズやポップスにも親しんできた自分は、クラシック
の世界は自分らしく演奏してはいけない。と思っていた。
しかし、実際はそうではない。個性は出せる。
出すべきだ。ただ、自分らしい演奏にいきつくまでに
一定の技術は必要だ。
速く弾かなくてもいい。ゆっくりゆったり丁寧に心を
込めて弾くことで、作品の魅力がより伝わる、そんな
演奏もある。
パイプ氏は幼少期から演奏をはじめ、著名な音楽コン
クールで受賞し、世界の舞台で大活躍されてきた、
アジアのピアニストとして先駆け的な存在。
長年ピアニストを続け、年齢とともに円熟と深みを
増し、自身との対話を重ね、最後は祈りへ・・・。
まさに演奏しながら、人生を旅しているような。
自分が目指したい生き方のひとつのお手本だと
演奏を聴いていてそう思った。
ピアノを弾きながら、静かに自分との対話を。
世間では、高齢者といえば、認知症という話題が
多く、その対策に世間は追われているが、その
世界とはまるで無縁のように、
ピアニストたちの晩年はとても素敵だ。
自身との対話を続けることができる生き方を
し続けたい。
自分というひとつの世界を大切に生きるということ
ができたら、それ以上の幸せはない。
パイプ氏のように深い音が出るまでには まだまだ
練習や経験が必要であるが、
ノクターンを今度、全曲なぞってみたい。
ノクターンとは夜想曲。夜に想う曲。
2番に歌詞をつけて、オリジナル曲を作ったことがあるが
それも確かに自分との対話の曲だ。
どこまで技術を求めるか。
それ以上にいかに、心を込めるか。
ベートーベンは音楽の中に神が見えると残しているが、
ショパンの楽曲にもそれが見える気がする。
結局、神とは自分との対話から現れる存在なのだろう。
と、そんな自分と対話する時間は貴重である。
静かな朝がまもなく動き始める。