「先生」を勘違いしないように。

人様に何かを教えたり、伝えたり・・。教える、教わる。という関係は自ずと「先生」と「生徒」ということになるが、その先生という領域や期限はどこまでを指すか・・は微妙に難しい。
子供のときの習い事の先生が、何十年経っても自分のことを生徒と思ってもらえることはうれしくもあり、でも今の自分は昔の自分とはもう違うけど?という気持ちもあり、ちょっと複雑であり、その関係から距離を置きたいと思うこともあるのかもしれない。

自分が人さまに物事を教えるといった仕事をする機会も増え、「先生と呼ばれても、勘違いするな」
と思うようになった。
そのときは、たまたま教えてもらう内容があり、そういった関係の時間であるから、先生というだけのことであり、一歩外へ出れば単なる人なのである。

また教えた人が、ずっと自分を先生と思っているかといえば、そうとも限らない。
あくまでも、習った方が尊敬と感謝の気持をずっと持つかどうか。これは習った本人の問題だ。
また、立場変われば、先生は生徒になることもある。また先生と言われる人も、実は常に生徒から多くのことを学ばせていただいている。
だから、「先生」という言葉にとらわれ、勘違いしてはならない。
たまたまそのとき、それを習っただけのこと。
ただ、心から感謝していれば、尊敬していれば、関係は切れないし、行動も変わってくるはず。
教えていただいたことだけでなく、その先生自体を尊敬し、感謝を忘れず、そしてその生き様や
背中からも学びたいと思うだろう。

いつでもおごらず、謙虚に。生徒は、お客様であることを忘れずに。
政治家も医者も教師も・・・ずっと「先生」と呼ば続けていると勘違いするかも?
いつの間にか上から目線になるかも?
気を付けなくちゃ。先生と呼ばれ続けると、おバカになるかもしれないし・・。

いずれにせよ、何年経っても尊敬している、感謝をしたくなる人こそが、本当の師。真の恩師。
やっぱり結局はその人の教えたノウハウよりも、その人の背中や姿勢が一番記憶に刻まれるのだと思う。

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「やっぱ、やるか!」親孝行は今のうちに。

この春から右手の調子が悪い。怪我や故障で試合を欠場するスポーツ選手の
苦悩が少しわかる今年のわがコンディション。
出張の荷物、パソコン業務、家事・・すべてが理由であるが、まったく使わない生活は
不可能。
手紙を書いたりするのも億劫になるのもつらいが、まだパソコンがあるので助かる。
ピアノはオクターブで弾こうとすると、激痛が走る。
そんなこんなで今年後半の演奏活動についても、やらねばという思いが肩にのしかかるが
無理はできない・・と迷い悩んだりしていた・・。
しかし、やっぱりふるさとでは、まずやらねばならないか・・。

以前、私の両親を知る友人が、父母がボケないかいつも心配している私に、
「昌子さん、年に2回でも4回でも小さい規模でいいから、岐阜でコンサートやれば?
お父さんやお母さんと喧嘩しながらやれば、ボケ防止にもなっていいんじゃない?」
と言ってくれたことがある。回数は別として、たしかに何か張り合いがあるイベントを
することで親たちにもいい刺激になるのは間違いない。

と、気になっていたところ、母から
「○さんが長崎はいけなかったけど、今度はぜひと言っていた」「△さんが、いつやる?って
言っていた・・」とのことば。
「待ってくれている人がいるんだね」といったら、大きく頷く。
一番待っているのは、この母本人なのかもしれない。

確かに、そんな声をこの半年間で何名かからいただいていた。

もし、今年やらなくて、親に何かあったら、後悔するかな。きっとするな・・。

ということで、
岐阜でのライブを決定した。

「手が痛かったら、演奏せずに講演でもいいよ。しゃべるだけでも面白いで」
と、母は言う・・。

そういう場を創ることが大切なんだ。

半ばやらない方向も考えていたが、ひとまず岐阜公演はやることにする。

やると決めたらやる。
やれば、次も見えてくる。
というペースで今回はいい。

今の私にできることをやればいい。
親がはりきる。
それが何よりいい。

ということで、ふるさと公演は、今年も10月に・・。

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さすが、わかっているね~おかあちゃん!

実家へ帰ると、親と買い物にいくことが多い。
といっても、野菜を買いに行くだけだが・・。
老夫婦の栄養源をたまに買ってあげるのが、
プチ親孝行。
かごのなかに、好きなものを入れるたわいもない
時間は、とてもいい時間だ。

東京ではお目にかかれない、産直の手ごろな野菜を
調達できるのは田舎の魅力のひとつだ。
何年か前から、産直売り場へよく出かけていた。
アッシーはいつもどおり、父だ。
品揃え豊富な売り場は朝の開店時から、駐車場が満車になるほど
人気だ。
同じ大型店舗でもナショナルチェーンのスーパーより、産直広場が人気だ。
朝採れの野菜であることと、値段が安いのが魅力だ。

ということで、ずっと気に入っている産直売り場があるのだが
今回は、母が「今日は違う八百屋へ行こう。いいところみつけたから。」
という。
そしてそのおすすめの店に向かう。
駐車場もなく、大きな店ではない。路面にあるため、アッシー君は店内に
入らず、路上に停車、そのまま車中で待つ。
長く待たせると怒りそうだから、そんなにゆっくり買い物はしていられない。
急いで急いで・・・。
なるほど、店内に入る前から、野菜や果物が店頭から
あふれている。
どれもこれも新鮮。多くが岐阜産・愛知産というのがいい。
ぶどうや、すいか、いちじくから、枝豆、なす・・。季節の美味がずらり。

母は
「ここの野菜は品がいい。新鮮で、こんなに大きくて、たくさん入って、安い」
とべた褒め。
ついつい、かごにたくさん野菜を入れすぎてしまうほどの安さである。
東京へ送ってもそれでも東京で購入するより断然安い。
おかげで、段ボール1箱分の買い物となるが、お財布の重さはあまり変わって
いない。

帰り道に母が言う。
「あそこの店は品がいいんや。産直の店は、農家がただ自分のところでとれた
ものをもって店に並べるだけ。でもあの店は、いいものをちゃんと選んで
店に置いている。だから違うんや」と。(方言で話すのでこのままではないが
このような意味のこと)

私は野菜の品質や価格よりも、この母の発言に驚いた。
「この人、わかっているな~。」
そう、店とはいい品を選んでお客様に安く提供できる店がいいお店。
産直売り場とは本来、「お店」とは違うのかもしれない。

77歳になった母は、腱鞘炎の私の代わりに、野菜を入れた段ボールを
持ち運ぶ。頼もしい限り。さすが、農家出身で力持ちだ。

そう、産直売り場で売っているものは農作物であり、「製品」。
八百屋で売っているのは「商品」なのである。
その専門用語はわかっていなくても、母はその違いをちゃんと理解している。
この人にはもしかしたら、おそるべしマーケティング感覚がある。
敵に回したら、怖い消費者かもしれない。

と、いろんなことを思いながら、
またあの八百屋へ一緒に行こう。
高級なものは買えないが、野菜ぐらい肉ぐらい
好きなだけ、買ってあげたい・・。
と、

届いた段ボールを開けながら、思った。

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「解は、ひとつではないこと」の難しさと楽しさ

いわゆる理系の世界=数字を扱う世界は「正解」がある。
正しい解というのは、ただひとつ。難解な数式はもはや何十年も接することもなく
もう説くことはできない・・。であるがその世界には、ただひとつの正解がある。

また、この社会においても、道徳的なルールや常識について、「〇✕」がある。
やっていいこと、悪いこと。がある。
しかし、その基準はかなり細かく決めておかないと、
人によって判断基準がずれることもある。

そして文章の世界や芸術の世界。
これは正解というものがなく、〇✕もなく、
その評価が人間の感性であるから、どれがいい、悪いという評価は
大変難しい。
賞をとるといっても、その理由がわかったようなわからないような・・
という不可解な世界。
評論家という仕事をする人は客観的にその作品を紐解くが、
それでも最後はその人の感性で作品を評価しているように感じる。g

いろんなモノ書きのプロたちの講座を受けながら
正解がない世界で、「モノを追求すること」の難しさを感じ始めている。
この世にはいろんな作家がそれを生業としているが、
どの人が凄いか凄くないかは人それぞれの好みになる。
だから、どんなに偉い、売れているといわれても
その作家の文章が好きになれるとは限らない。
正解がない世界だから、感性で表現され、感性で受容される世界だから
頭でこれはいいのだから・・ということが難しい。

結局は、自分がいいと思う作品に習う、それをかいた作家に習う
ということになるのだろう。

私が目指したい「書く」という行為は、
「文学」なんていえる高尚な世界ではないが、
それでも、
言葉の技術と感性で、読者の心に響く
メッセージを届けなければならない。
この両輪、まだまだ磨きが足りない。
最後は、自分流を作れるところまで行かねば・・。

正解がない世界をすすむことの難しさは、
人生そのものと同じ。
難しいけれど、楽しく、やりがいもある。

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楽しいごはんのため、「頑張ります!」

応援している青年ビジネスマンがいる。こちらから情報やアドバイスをお届けすることも
あるが、ときには助けていただくこともある。
たとえば、自分が講師をする勉強会のなかで、体験談を語っていただく、
活動事例を報告いただくなど、「論より証拠」を示すには、一番の素材が生の声。

皆さん多忙であっても、いろいろ協力してくれるのが、本当にうれしい。
仕事の合間をぬって駆けつけてくれたり、そのための準備も休む時間を削って対応してくれたり
「発表できることが勉強の機会ですし、また自分の会社のPRになりますし」と、
いずれも前向きな声をいただけることが、その気持ちが、姿勢がとてもうれしい。

何もお返しはできないけれど、せめて食事でも一緒に。ということで、
ささやかなお礼のしるしとして会食をする。
「新幹線の時間までのわずかな時間ですが、よかったら食事でもいかが?」
「いいんですか~。嫁も子供も一緒でもいいですか?」
「もちろん!じゃ、せっかくだから、前から紹介したかった人も合流してもらいますね」
といった会話で、その会食アポイントが特別な約束に変身する。

たった2時間弱の交流であるが、その非日常を楽しんでもらえている姿を見て、
勉強会で見る姿と違う、家族とリラックスしたその様子を見て、その人の
違った面を知り、とても幸せな気持ちになる。

日々がんばっているからこそ、こういった会食の時間は
貴重なのだな~としみじみ実感する。
そんな風に、勉強会で出会う青年たちは、
いつの間にか弟のように思え、
そして家族のことも含め、応援したい人になる。

慌ただしく別れを告げ、
新幹線に乗って帰宅すると、お礼のメールが入っている。
「また、明日からがんばります!」
楽しいごはん、おいしいごはん。心のふれあい。

わずか一食のことではあるが、かけがえのない時間だ。
喜んでもらえることが一番うれしい。
そして、出会う若者たちがどんどん成長され、
世の中に役立つ存在として活躍される場を
確認できることは、ほんとうに幸せだ。

さあ、また楽しいごはんのため、がんばるとしよう。

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家よりも、お金よりも、何よりも・・・

その日、新潟駅からタクシーに乗る。台風の影響か、こちらでも雨が強くなっている。
びしょ濡れにならないように荷物を乗せ、自分も乗る。
宿泊先にまず寄ってもらい、ひとまず荷物を預けてから、仕事場まで乗る。
15分ほどの乗車時間。
いつものごとく「暑いですね~」とか「雨がすごいですね~」と天気の話から
運転手さんの反応により、その後の会話が変わる。
その日の運転手さん、気さくに話をされる。
天気の話から、公共交通機関が繁忙期には値段が変わるという話に驚き、気が付いたら
道を間違え、謝られ・・・そんなこんなで話が弾み・・。台風の話から、地震の
被害の話になり・・。「せっかく家を建てても、地震や台風で流されたり、倒壊す
るかもと思うと、何も持たない方がいいのではと思ってしまいますね」と私が
言いだすと、運転手さんが「そのことに関して、私も思うことがあります。家が
流されても壊れても、愛する人とかペットとかいなくなったら・・それが一番
こたえます・・・」
ちょっと気になる言い方だったため、「運転手さん、もしかして??」
とおたずねすると、この春に奥様が亡くなられたとのこと。
時間が経てばたつほど、さみしくて、何も楽しいことなんかない・・・というお話に
返すことばが見当たらない。
しかし、最近、自分もいつもそのことを考えているので、その気持ちを想像しながら
言葉をかける。

一緒に人生を終えるということはなく、いずれはどちらかがどちらかを・・。
そんな日は来てほしくないが、いずれ・・。だから今を大切に生きるしかない。
運転手さんは、そんな言葉も普段心の奥にしまっておられたのかもしれない。

車をおりるとき
「お寂しいと思いますが、奥さまの分まで頑張ってくださいね。いつも見守って
くださっていると思います。またそのうち、お会いしましょう。どうぞお元気で~」
と声をかけると、運転手さんも元気に言葉を返してくれた。

家もお金・・・よりも、やっぱり愛する人。
人を生かす、がんばらせるパワーの源は、それに尽きる。

いつまで?と思いながら、今の時間を大切にすることが大切だと、改めて
思い直す。

時間って、ときに残酷だ。でもいい時間もたくさんある。
今日から9月。今日は母の77歳の誕生日。今年も迎えられて、よかった。

いつまでできるかわからないが、大切な人を大切にしよう。

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結局はソウルフード。

ずっと前に、「一番の好物はたまごがけごはん」と、どこかに書いたことで、
ある方から、親しみをもっていただいたことがあった。
「それを知って、親しみが湧いた」と言っていただいたような・・。
もうあれから10年経つが、年々、好きになるのは昔に食べていたものだ。
結局は野菜の浅漬け。そしてごはんに玉子、味噌汁・・。たまにはかっこよくいえば、韓国風にチゲ風に味噌汁をかけていただく玉子ご飯は、今でもやっぱり美味しいと思う。
おそらく、私が新潟に生まれていたら、子供のころからもっとおいしいものを自然に食べているだろうから、もっと口が肥え、わがソウルフードはもっとレベルが高い?ものになっていたかもしれない。
現実には、濃尾平野で育ったわが身。兼業農家で育ったわが身。結局は上記のような食べ物にプラスというぐらいが、私にとって懐かしい味なのだ。
新岐阜駅の立ち飲み屋で食べたおでん、はじめて買ったあこがれのフランスパン・・。それからいろいろ食べ続けてきたけれど・・高くて美味しいは当たり前。庶民的で、素朴なものが、一番だ。
野菜を切りながら、心を整える日もある。
シャキシャキ、とんとん…。ソウルフードが音からもよみがえるのだ。
子供の頃の食生活は大切だ。
ジャンクフードを食べさせる親でなくて、お百姓の娘が母で、ほんとうに良かった。

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毎日ひとつ、いい話、嬉しいことプラス。

混迷の時代だ、生きるのが苦しい時代だ・・と思うと、ためいきも出るが、
どうせ生きるなら、楽しく元気な方がいい。
小さなことにも感動をみつける生き方がいい。

今、通っているモノ書きの講座。週一度、90分を1年間。やっと三分の1まで
来た感じだ。
出張が多いので、よく振替をし、登録した曜日以外の授業にも顔を出す。
最初の授業でたまたま近くの席に座った女性。それから会うたびに
挨拶をし、名前がわかると、早速、ネット検索いただいたようで
「ブログ、見ていますわよ。元気もらってます。応援していますからね~~」
とおっしゃる。少し話したところ、お孫さんもいらっしゃるとのことで
その年代で勉強されるとはすばらしい。お名前はやえさん。名前にふさわしい
桜のような優美、そして強さを感じさせる方とお見受けする。

しばらく会っていなかった。
そして先日久しぶりにお会いしたら。
「ああ~。やっと会えたわ」とその方は、1000円札を私に渡し、
なんと自分のエッセイを注文くださった。
「いやー、ファックスするよりも、直接お会いしたときにと思ってね~」
ずっと、今日は来ていないかと毎回気にかけていただいていたことと、
こんなつたない文章でも気に入ってくださる方がいるということが
大変うれしかった。
「次お会いするときでいいわよ。」
と言われたが、即お手紙付きで、本を郵送する。

以前、アーチストの友人を見舞った際に、
「ひとりでも自分の作品を気に入ってくれる人がいたら、うれしくて
がんばれますよね~」
と言われたことを思い出した。

誰かが見ていてくれること、誰かが純粋に応援してくれること。

が、本当にうれしい。
こういうことの積み重ねで、人生が豊かになっていくのだ。

毎日、いろんな「いい話に出会える」ように、心がけていこうと思う。

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ますます混迷の時代・・、自分の懐中電灯で突き進む

知れば知るほど、生きればいきるほど、わかってくることもあるが、わからなくなることも多い。
と感じる今日この頃。

ほんの一例であるが、たとえば、作家になろうとすると編集者と直にコネクションができる、もてる
機会を作る以外には、昔であれば、「文学賞」に「応募」し、専門家が審査し、受賞したらプロになるという手法がいわゆる正攻法であった。
これは文学の世界だけでなく、音楽の世界や料理の世界もそうかもしれないが、もともとはその道のプロが認めるところからデビューという、わかりやすい方法。

ところが最近では、ネット社会になり、ネット上での「投稿」からファンが増え、その結果、プロの目にも止まり、出版化、リリースという流れも主流になりつつあるらしい。
年に一度といった限られたチャンスではなく、いつでもだれでもネット拡散により有名になり、売れっ子になることも可能な時代になったという。

これはいろんな道への間口が広くなったというか、「何に対しても、誰でも、いつでも」参加できることになり成功へのチャンスの可能性があるという点、さまざまな挑戦について敷居が低くなった良さもあるが、競争も激しくなるという一面、さらにはなんでもオープン故の怖さや脆さもある。
昔ながらの方法の権威もなくなりつつあるが、その権威はまだマスメディアが煽ることにより、少しは維持されているか?(いいか悪いかは別として)

売れる人になりたいのか、わかる人に伝わる人にだけ伝えていきたいのか・・。
売れれば成功なのか?数字を追いかければ成功なのか?いや、違うだろう・・。などなど
大洪水の情報化社会の中にいると、わからなくなってくることが多い。

いずれにせよ、自分の人生なんだから、
とにかくこの世の中、振り回されないようにしっかり自分の存在を保つことが大切だ。
真面目に考えれば考えるほど、生きていくことの難しさに行きついてしまう今日。
だから、あまり考えない方が、楽に自分のやりたいことに向き合えるのかもしれない。
いずれにせよ、
まずは、自分が何をどうしたいか。何があってもそこがブレナイように、生きるのみ。
きっと生きる限り、わからないことに直面するだろうが、それを恐れず、わが道を進むとしよう。
自分が行く道は自分で照らしながら、歩いていくとしよう。
ある意味、暗闇の現代社会。だから自分で自分を照らしながら、わが道を進んでいくしかない。

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支配から援助、そして投資 の歴史。アフリカへの不安

そんなに外に外に積極的に向かって、対外的に目立つことばかIりしてくれなくてもいいよ。
国民のことをもっと現実的なことを優先すべきと、どうしても思ってしまう、パフォーマンス型の
その傾向がより濃厚になりつつあると感じる、わが国の政治外交。
今度はアフリカに積極的に乗り出している。

BRICSもブラジルでのオリンピックで一区切りか見切り?かわからないが、次の大陸はアフリカだそうだ。
経済の発展、成長を求めれば、当然外へ外へと活動範囲を広げることになる。経済成長の新たな種は新たなステージにしかない。と思うのは自然の欲求であろう。
しかし、日本のトップといわれている人がアフリカ大陸に対して興味をもち、パフォーマンス外交している目的のひとつは、対中国政策??アフリカに先に進出し、莫大な投資を図り、存在感を増し続けている隣国への、対抗心、けん制ではないか。と見える。
世界への存在感をこの大陸でも誇示したいのだろう。

今、まだ足を運んだことのないアフリカ。ここには人類のさまざまな「被」的な歴史がある。
未開の地として長きの歴史をもつというが、エジプト文明は世界史に残る最古の文明。人類がヒトとして生きる、暮らすことについて社会的な営みを行っていたいわば、先進的な一面ももつ大陸。
そして大陸全体では自然と人間が共生していた。原住民たちは自由に自然にその土地のルールで生きていた。
ところが、大航海時代以降、ヨーロッパから、そして近年はアジアからさまざまな横やりが入り、未開地が「文明開化」されていく。
アフリカ人の奴隷売買は15世紀にはじまるという。今もヨーロッパには奴隷貿易の爪痕が残る町もある。
17世紀以降はアメリカ大陸に大量の黒人奴隷が移動をさせられ・・それが現在のアメリカ合衆国のベース・・。西側では19世紀後半から、20世紀初頭第一次世界大戦まで、ヨーロッパ各国がアフリカを分割、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、ベルギーたちの植民地になり・・・。
戦後、アフリカ各国の独立も始まるが、内紛、隣国との闘い、またこれまで「被」としての生き方をやむなくさせられ、独立後も人口増大、疫病と貧困・・・。(人口増大はよくもあしくも、両面ある)

アフリカは自然が豊かで、未開拓で・・チャンスが無限大。
昔も今も、欲深い他所者が、純粋で無垢な現地人に金の力で乱入する。

植民・保護から、そして、今は投資の時代だ。

アフリカも遂に、世界経済に大きく巻き込まれていく。
情報化社会が、ますます世界を画一にし、いいものを壊し、自然破壊を加速させる。
人間の見た目の豊かさを求める、つまらない欲求のために。

植民という言葉も、投資という言葉も、まったく別物ではない。

豊かさとは何か。を改めて問いたい。
ヨーロッパの歴史を、欧米化されたアジア諸国が結局はカタチを変えて、追随しているだけのこと。

投資とは、結局自分のため。だから植民と同義である。

アフリカはアフリカ独自のすばらしい文化がある。
よそ者との接触でいい化学反応となり、
彼ら独自の魅力がより見直される機会になることを心から願う。

それにしても、人間は時代を経ても結局は同じ欲望をもち、生き続ける。
いつまで、それが続くかは、とても不安。

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