月別アーカイブ: 2022年10月

マイ ゴールデンタイム。

昔、テレビ番組の放送時間について「ゴールデンタイム」という表現をしていた時代があった。最近はあまり言わないかもしれないが。「ゴールデンタイム」「ゴールデンウィーク」日日のくらしのなかにちょっとした非日常を求めた時代のなご … 続きを読む

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心のご近所さん。

久しぶりに、親しくしている記者さんと再会する。コロナ禍は、一度も会えなかったので、3年ぶりか。彼が20代の頃からお世話になってきたので、気が付けばもう15年近いおつきあいかもしれない。 新聞記者といえば、いろんな方がおら … 続きを読む

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最初と最後はわからないけれど。

毎日、一生懸命生きている。明日という不確実な存在に向かって、生きている。気が付けば、また新たな朝を迎え、今日は明日になる。この繰り返しを幾日も幾日も続け、半世紀以上、生きてきてしまっている。 人生ってなんなんだろう? 最 … 続きを読む

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追い込んでパワー炸裂!

今、大きな勝負に挑んでおられる方のプレゼンのレッスンを続けさせていただいている。その方は55歳。人生初の大きな転職である。そのために、これまで考えたこともないことを考え、やったこともないことをやってみる。やらなければなら … 続きを読む

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いのち、尊し。

子供の頃から とてもかわいがっていただいたおじさん。89歳の誕生日を前に、人生の幕が下りた。 何年もずっと来て下さった地元でのコンサートへも、この春以降、来場が難しくなった。最後に来てくれた岐阜新聞での演奏のときは、会場 … 続きを読む

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改めて、旅立ちの送り火。

岐阜といえば、長良川の鵜飼い。金華山の頂上にある岐阜城を仰ぎながらの長良川はとても美しいが、夜の鵜飼いの風景も、ふるさとでもっとも自慢したいスポットのひとつ。鵜飼いの船に漁火が灯り、ひとつふたつみっつ・・・そしてむっつ。 … 続きを読む

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ごめんなさい。ありがとう。

仕事でも、その他の人間関係でも、すべてコミュニケーションがあって成立する。うまくいくこともあれば、歯車がうまくかみ合わなったり、相手をいらいらさせたり、違う解釈をされ、怒られてしまうこともある。もちろんその逆もある。 そ … 続きを読む

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ラストDAYに感謝、そして新たに。

今日は父の旅立ちから1年の記念日になる。そして、昨日は、父が生きた最終日。1日頑張って息をして、そして終わった日。 父がお世話になった施設に顔を出してみる。「お久しぶりです。その節はお世話になりました」「もう1年ですね~ … 続きを読む

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お金の使い方。

最近、「いったい、誰のお金なんだろう」と思うことが多すぎる。オリンピックから、先日の武道館で強行された国の?行事。さらに、急にはじまった旅行支援。全部、膨大な費用が必要な取り組みである。 そのお金は湯水のように湧いてくる … 続きを読む

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その人にとって、自分は。

最近、考えることのひとつ。自分が人生の最後の最後に、問いたいことについて。たとえば、妹に対して。「私は、いいお姉ちゃんだったかな」。と聞いたとき、彼女はどうこたえるか? 妹は、今となれば、ひとりの肉親ということになる。生 … 続きを読む

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