「ごめんね」を「ありがとう」に。

今日は普段と違う朝。ちょっと気が重い。
実家の庭に立つ木を遂に、伐採する。
ここまでの決断も、それなりに重く、迷いが続いた。
正直、今も。

天気予報を見たら、雨。
雨だったら、作業は延期。
と業者さんと打ち合わせしていたが、これだと延期か?

実際は、現地に行ってからの相談になりそうであるが
いずれにせよ、今週のうちに作業は進み、完了の予定。

庭を維持する仕事は本当に大変で。
親が生前その大変さを何度も口にしていたことを今に
なって、何度も思い出す。
本当は、ずっと残すことができたら、親孝行のひとつ
になるかもしれないが、協力者の高齢化や自分の
負担も考えると、そろそろ・・・の決断の時期。

とくにハナミズキ・・・。先日来、何度も歌っていた
せいか、その木と人とのかかわり、想いがあふれて
罪悪感も生まれる。
一方、ある村で山に立つ木には神聖な存在であるから
失くしてはいけない・・と大切に守り続けている人
がおられるという事例を見ると、木というのは、
本当に「生き物」である。しかも、人とともに生きる
自然界の代表選手。

私が帰省するたびに、この木たちも迎えてくれていた。
でも、いつか終わらなければならない。
後継者がいない場合は、とくに速めに手を打たねば。

そんなことが、ひとつふたつ・・・増えてくる。
人生の秋。

今日は雨で、作業が延期になったら、いいな。と
ちょっと思いながら、でも覚悟をもって。

「ごめんね。」と木に詫びる。でも、違う。
「これまで、ありがとうね。」にしたい。
両親の暮らしを40年見守ってくれて、
ありがとう。
それでいい。

これからは、紫陽花や藤や・・・小さな木、花と
ともに・・・。
できることで、やれることで、また新たな楽しみを。



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