投稿者「mahsa」のアーカイブ

永遠のわがチェルシー。

チェルシーというと、ニューヨークの通りの名前も思い出すが、それより前より御馴染みなのは、「あなたにも、チェルシーあげたい」という名セリフと金髪の少女(だったはず)のコマーシャル。昭和40年~50年代。憧れのお菓子が続々登 … 続きを読む

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生きる証しとしての仕事=創造。

昨日書いた元日雇い労働者の人々を撮り続けてきているカメラマンの存在を知ったことがきっかけで、仕事とは?についてあれこれ考える。同時に、確定申告の時期には、自らが1年働いてきた結果が見えて、1年間経済面でどうであったかと改 … 続きを読む

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会いに行きたいカメラマン

今どきは、スマホで誰でも簡単にそれなりの写真撮影ができてしまう。プロとアマチュアの差が、素人の方には一見わかりづらいということもあり、プロのカメラマンにとっては、なかなか生きづらい時代でもある。ほんとうは、素人が撮るのと … 続きを読む

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なつかしき新宿、歌舞伎町

思えば、新宿で暮らした23年は長い。わが人生で最も長く住んだ町、神楽坂。ここも新宿区である。新宿は思えば広い街、ビッグシティ。今も神楽坂界隈を公私の用事で歩くことがあるが、とにかく懐かしいことがいっぱいある。京都につづき … 続きを読む

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空想コラボで、自分らしく生きる。

自分の生き方は、われながら、まあ自分らしいと思う。相対的に生きたくない、誰かと比較されることなく、唯一無二の自分として、自分ができることで生きていきたい。と30代から、そして今もそう思い続けている。このスタイルは間違って … 続きを読む

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活動再開、活力湧き出る

コロナがあけて、ようやく活動が再開・・・。飲食業やリゾート、サービス業だけでなく、アーチストたちのライブな活動がまさにそうだ。自分も久しぶりに自主コンサートを再開した昨秋。そこから勢いでアルバム制作や、配信ライブなどにも … 続きを読む

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涙まみれの瞳に。

日々いろんな出会いをいただく。この仕事の一番の歓びは、日々変化にとんだ人との出会い、コミュニケーション、交流、学び・・・。何もない日は1日たりともない。 ある会社の社員面談を続けている。管理職から一般職にいたるまで・・・ … 続きを読む

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愛しの白物との別れ。

白物家電といえば、もともとは冷蔵庫、洗濯機、エアコン・・。毎日毎夜、人々が使い続けている。お世話になっている。それなしでは生きられない。これだけネットが普及しようが、AIが登場しようが、冷蔵庫も洗濯機もエアコンも日常生活 … 続きを読む

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何度も足を運びたい、あたたかい作品展。

作品の説明や解説など、とてもじゃないがおこがましい。描いている作家本人にしか見えないこと、わからないことがある。観る人はただひたすらに、それを想像して楽しむ。絵画鑑賞とは、それでいい。それに尽きるのではないかと思わせてく … 続きを読む

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肩の荷をひとつづつ。

人生は様々な荷物を担ぎ、そしておろす。その繰り返しなのかなと思う昨今・・・。何も背負わなければ、重さを感じることなく、楽々生きられるかもしれないが、自分から荷物を担いだり、背負ったりする。荷を担ぐとその重圧で歩きが止まっ … 続きを読む

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