投稿者「mahsa」のアーカイブ
忘れちゃいけない0番線。
京都駅の中を急ぎ足で歩いていた。 改札を出るため、構内を歩き、階段を上がったり、下がったり・・・、 すると、普段は視界に入らない、懐かしい表示に出くわした。 写真にある、0番線のサインだ。 普段は利用者が多く、混雑して … 続きを読む
だんだん近づいているね。
妹とは両親の介護を通じ、よく話をするようになった。数年前までの家族全員が元気であった時代より、ぐんと距離が縮まった。私が東京に暮らしていたときは、遠い存在だったと思う。そして、海外に行くときには、この間何かあったらどうす … 続きを読む
感謝のコンサートは献花付きで
母の1周忌にふさわしい、私らしいイベントを。母が、長い間お世話になっていた地域の皆様に、感謝の気持ちを伝えたく、「春のありがとうコンサート」を提案。すると即決定。そして、まんぼう解除もあって、予定どおり開催することができ … 続きを読む
感謝ウィークはじまる。
26日で、母の旅立ちから1年。あっと言う間というのか、なんといっていいかわからないが、ここのところ、1年前の今日は・・と、日ごとの変化を追いかけ、ひとり胸がどきどきしている。昨日は、母が最期に入院していた病院の前を通った … 続きを読む
終わりは、次のはじまりに。
先日の新潟日報の記事を見て、何年もお会いしていない、連絡をとっていなかった方々より、メールをいただく。あるいは、こちらからも新潟でお世話になった方や、この長きにわたる仕事のご縁をいただいた方にお礼の連絡を入れると、懐かし … 続きを読む
春に出会う、母にまた出会う。
岐阜の柳ケ瀬という、往年の繁華街、今はちょっと寂しいけれど、それでもがんばっている商店街に出向き、最近仲良くなった82歳の妙子さんがいる食料品店に立ち寄る。すると店先になんと、とれたてのつくしがパックに入って売っていた。 … 続きを読む
情報との付き合い方、今一度。
この一週間は、新潟の皆さんに自分のことをお伝えするのに、マスコミ(新聞)の力を借り、一方、お世話になった皆様には直接メッセージをお伝えするという方法をとり、さらに個別のやりとりをした。ということで、マスコミとミニコミの併 … 続きを読む
新聞の反響、改めて・・・。そして感謝。
この17年間続いたひとつの仕事の節目を、どうやって新潟県の人々に知ってもらったらよいだろう・・。できたら、広報人らしい方法で・・。そうだ、地元紙に投稿しよう!と思い立ち、新潟日報の朝刊でおなじみの投稿ページに原稿を書いて … 続きを読む
「カラ元気出していこう!」
「今尾、元気か?」「はい、元気でーす。おかげさんで」「ええなあ。おれはカラ元気や~。それでも出さんとな」 最後まで、作家として生き抜いた野村正樹さんのことを思い出す。11年前の3月13日に亡くなられた。あの震災の翌々日に … 続きを読む
生涯最高の上司へ感謝と、祈り。
この写真は23年と半年前の京都駅のホームでのショット。私が会社員をやめた日、有志でお食事会をしてくださったあとの、京都駅での大切な1枚だ。このあと、東京行きの夜行列車に乗る私。皆さん万歳をしながら、見送ってくださった・・ … 続きを読む