「声」への思い入れを改めて。

このたびおかげさまで、無事終了した今年のライブツアー。
各会場で、多くのお客様にお聴きいただいた。
ピアノは立ったまま引く奏法の珍しさで、技術の悪さをカバー?。
これも特徴のひとつ。
そして、歌。立って弾いているのは、声がよく出るようにと思ってのスタイルであるが、
最近、歌っていて、おかげさまで声がよく伸びているような、手ごたえを感じるときがある。
マイクがあっても、なくても同じだ。
自分が出ているな。伸びているな。と思いながら歌っているときは、天を感じる。
お客様にも伝わるようだ。
いろんな表現をしていただくが、声が好きと言っていただける方がおられる。
それは、とてもうれしい、光栄なこと。
ピアノの音色より、声の方がより個性が出る。
もちろんピアノも個性があるが、声こそ、人間が生まれもっている天然の楽器だ。
何も持たなくても、声さえ出れば演奏できる。

その声を、今一度、大切にしていこうと思う。
よく年齢を重ねると声が低くなっていくと聞く。
声が出なくなると聞く。
そうなりたくない。
だから、これから声を磨いていこう、喉を鍛えようとも思っている。
人前で話す機会もあり、声は私にとって欠くことのできない、大切な商売道具、武器である。
改めて、「声」を大切に。
心洗われるような・・・そんな声はとてもいい。
声は楽器、声は媒体。声はときに天の声にもなる。
さあ、磨いていこう。自分にだけ与えられたこの声を。
人はそれぞれの特徴を生かし、自らを磨くことで、さらに進化できる・・・
といいなと思っている。

ちなみに最近の発声練習は、もっぱら歩きながら・・だ。

カテゴリー: Essay (Word) | 「声」への思い入れを改めて。 はコメントを受け付けていません

曇天強風の日の出会い。

風の強い寒い平日の午後。知多半島に近い産直売り場に向かう。
愛知県は意外に豊かな農業県でもあり、新潟に負けないほど
安価でいい野菜果物が手に入る。
そして、日本一の産直売り場もこちらだそうだ。
そこには大きな屋外イベントができる敷地があり、連日いろんな
アトラクションを開催しているようだ。
その日、まず目についたのが「移動動物園」なるもの。
ロバや犬など、小型の動物が囲いの中に放し飼い。有料で
動物とのふれあいができるというもの。
「へえ。移動動物園って日本にもあるんだ」と、感心していると
その背後から、「ここはどこ?」と思ってしまう異国情緒漂う
バグパイプの音。最初は、移動動物園の効果音かなとか
思ったが、いや、どうも生の音色だ。いい音色だ。
「へえ、バグパイプの生演奏をこういう場所でもするんだ~」
投げ銭用の袋か帽子がおいてある。そう、チップ制のライブなんだ。
ふとNYの地下鉄で弾いていたギタリストを思い出した。

と、これらの全体的な面白さに興味が沸いたが、
まずは、売り場で目的を果たし、野菜などを購入。
そしてしばらく経ってから、さきほどのイベントスペースに
戻ると、そのバグパイプ奏者が片付けをしていた。
楽器はもちろん、音響機器、電源装置等も
すべて自分で持ち込んできているのだった。
常々、持ち運びできる楽器であれば、どこでも演奏できるのに
と思っていたので、そのアーチストのおかたづけ風景を
見ながら、ひとり感心していた。
そして、なんとなく声をかけた。
「全部、持ち込んでいるんですか~」
そこからしばらく会話が続く。
「わたしも演奏はするんですよね」
と言うと、相手の表情が変わる。そう、もうここである意味
仲間のような感じになる。
名刺をいただく。
日本でも珍しいバグパイプ奏者であり、手回しオルガン、
さらにはディアポロもされるようで、ユニークな活動を
されている芸人さんなのだ。
とても興味が沸いた。
曇天強風の平日に、わざわざ
産直広場へ買い物にきて、こんな珍しいアーチストに出会えるとは。

お客様がまばらな、寒空の下、演奏しているとへこみそうになる
とのこと。でも、こういう出会いもあるから。。と喜んでくれた。
そう、平日の曇天強風も悪くはない。

このアーチストとも、何かつながっていきそうな予感を感じる。
彼も東京からこっちへ移ってきた人のようで・・。不思議な縁かも。

カテゴリー: Essay (Word) | 曇天強風の日の出会い。 はコメントを受け付けていません

あたまの「冷蔵庫」をもつ。

最近、とあるラジオドラマ作家の先生が興味深い話をされた。
書こうと思う人は、頭の中で、自分のネタを「収納する場所」を作ることが大切。
それは、「クローゼット」ではなく、「冷蔵庫」として考えると
良いとのこと。その自分の冷蔵庫の中の管理・整理をすることが大切だ
というお話しだ。

冷蔵庫に入れるべきネタ(情報)は、
1.毎日使うもの・・・頻繁に出し入れ
2.新鮮なもの・・・時々入れ替え
3.冷凍品・・・ずっと保存されている 時々解凍する
の3つに分類されるとのこと。

書く素材を野菜や果物に例えて、冷蔵庫に収納する
という発想はなかなか、それこそが、私にとってまさしく新鮮だ。

とくに気になるのが、「冷凍品」だ。
人はそれぞれ、幼いころの思い出があり、あるものはトラウマになったり
あるものはうれしい思い出として心の隅にあったり・・
普段思い出すことがないものを、「冷凍品」と位置付ける。
使わなければ、ずっと冷凍品のままであるが、これを時々解凍して
その中身を確認することで、各ネタとして使えたり、大切な
テーマになったりすることもあるという話。
冷凍品こそが、自分のヒストリーの中から生まれた
自分にしかない貴重な素材だ。

言葉という素材は、今どきはとくにどんどん拡散し、流れていくし、
情報過多のこの時代、どの情報に触れ、どれを選び取り、自分の冷蔵庫に
収納しようと思うか、その選択自体が大変難しい作業だ。

難しいけれど、意識して、情報を自分なりにキャッチし、
整理し、活用する。
そのことに、しばし挑戦してみようと思う。

このネタ、情報の冷蔵庫は、世界にひとつしかないもの。
私だけのものになる。
どんな感性で、どんな経験で、どんな生き様で買い物をして、
保存しようと思うか、そしていつ、どんな風に料理しようと
思うか・・・。

面白い例えであり、わかりやすい。
いずれにしても、頭の中が腐らないように、気を付けなくては!

カテゴリー: Essay (Word) | あたまの「冷蔵庫」をもつ。 はコメントを受け付けていません

被写体としての発見とわくわく

新潟のショーの撮影にいつも無理をお願いしているカメラマンがいる。
彼が撮る写真には、感動的かつ、永久保存ではなく、永久現役にしたいものがある。

今回のディナーショー終了後、数時間も経たないうちに、すぐに撮影した写真がたくさん送られてきた。
毎回年を重ねている身としては、どきどきはらはらの瞬間.わが身の老い度を確認するようなものだから。
そして、被写体としてはどうなんだろう?と自分を客観的に確認する緊張感もある。
怖さと楽しみの両面がある。
そのドキドキな状態で演奏写真をチェック・・・すると!と飛び上がりたくなる写真がある。

今回も、それをみつけた。

よく、こんなモデルでこんないい写真になるな~。よくタイミングをみつけてくれたな~。
彼は私のリハーサル中からずっと私の演奏を全角度から、ひきで、寄りでチェックし、
ベストなアングルをイメージ、構築する。
「もう、練習しないんですか?もっと弾いてくださいよ」
と言いながら、真剣に私を被写体として追いかける。

そんな観察眼とシャッターチャンスから生まれた1枚なのだろう。
専門的なことはわからないが、被写体として正直嬉しい。

素敵な写真。次が楽しみになってきた。
お客様が演奏を聴いてくださり、カメラマンには被写体として見ていただいて・・
わが身が「被」なる存在になる瞬間は、とても貴重で有意義だ。

カテゴリー: Essay (Word) | 被写体としての発見とわくわく はコメントを受け付けていません

本番を決めるリハーサル

塗地

写真は本番のモノとリハーサルのもの。

本番の出来を左右するのは、リハーサルの時間。
少したっぷり目に時間をとるようにする。
直前にベストコンディションをつくるのが狙い。
本番の輪郭を創る時間でもある。
本番何時間前というタイミングは、
迷うこともなく、そのあとには本番しかないため、
腹もすわる。緊張感もうまく高めていくことができる。
リハーサルがうまくいくと、本番もうまくいく。

今回のにいがたでのディナーショーは、いい按排に
演奏を成し遂げることができた。
自分でもなんともいえない、達成感を感じる。
このイメージは今回はリハーサル時にすでにもっていた。

充実のリハーサルと、素晴らしい音響環境、空間
そして
なんといってもよく聴いてくださるお客様の存在により
最高の雰囲気が生まれる。

おかげさまで、無事、終了することができた。
さすがに披露と安堵が入り混じる朝。

写真の速報が届き、まずはそれをもって
ひと先ず、終了の報告としたい。

皆様、大変ありがとうございました。

カテゴリー: Essay (Word) | 本番を決めるリハーサル はコメントを受け付けていません

本日25日 愛の元気人11月分オンエア!です


ハッピーコミュニケーションプログラム「愛の元気人」11月分、本日11月25日18時~オンエアです。
今回の「にいがた元気人」のゲストは、シンガポール料理店「ばく亭」の山崎明子さんと、
保安製品メーカー「かんえつ」の渡辺明子さんです。元気で意欲に満ちた素敵なトークをお楽しみ
ください。そのほか、「プチプチ感動体験談」、「コミュニケーションなんでも相談室」
などもお聞き逃しなく。FM KENTO 愛の元気人

カテゴリー: Info | 本日25日 愛の元気人11月分オンエア!です はコメントを受け付けていません

ただただ、感謝のみ。の本番へ。

「楽しみにしています。」という言葉を何名かの方からいただいた。
本当に、ありがたく、勇気がわいてくる。
「体調に気を付けて、手は適当に休ませてくださいね」
という心配の声も、何名かの方からいただいた。
行けることになったと、前夜にお電話いただく方もおられた。

昨年1年、新潟での演奏を休ませていただき、2年ぶりのディナーショー。
2年前の今は・・。
と思うと、ファンでいてくださった、すごい力強い応援団の方・・・
のことを思い出し、涙があふれる。

この2年で出会いもあったが、お別れもあった。

でも、私はおかげさまで元気に、生きている。

この2年間での新たな出会い、あたたかい交流や応援に支えられ
今日の「ありがとう新潟!」の思いを込め、ディナーショーを
行う。

セルフプロデュースがとても好きだ。
企画したことを形にして、お客様が喜ぶしかけを
創ることが好きだ。

今日もぜひみなさんに楽しんで、いい笑顔でお見送りしたい。

ありがとう!にいがた。
まっすぐに、その気持ちだけを持ち続け、新潟へ向かう。

カテゴリー: Essay (Word) | ただただ、感謝のみ。の本番へ。 はコメントを受け付けていません

「人間」だから、いい距離感。

どんなに親子であっても、親しい人であっても、人間はそれぞれ別の存在、人格。

どんなに仲良くなっても、血縁、地縁含め、近しい人との間でも、
ほどよい距離感は大切だ。

あまり急接近すると、いいところが見えなくなることもある。
見失うこともある。関係が長続きしないこともある。

大切な相手であれば、相手を思い続けること、
見守ることは大切であるが、それも程よい距離がいい。

相手からは、自分が見えるか見えないかぐらいの距離にいる方が
よく見えることがあるかもしれない。

距離感。
人間とは「人の間」と書くから、間がないと、息が詰まったり
鬱陶しさを感じることもあるかもしれない。

自分自身も自由に生きたいと思って生きてきた。
みんな、基本はそうではないか。
もちろん、人間は孤独が嫌だと思う一面もある。
寄り添ってほしいとも思う一面もある。
考え方によっては、とても身勝手ではある。

が、程よい距離感が、いい人間関係を長続きさせる。

このバランス。なかなか 難しい。

カテゴリー: Essay (Word) | 「人間」だから、いい距離感。 はコメントを受け付けていません

モノに宿る「メモリー」と「ストーリー」を大切に。

今年の前半は、引っ越しを前に、多くのモノを処分した。
とくに直前には、かなり思い切って処分した。
売ったり、人にもらっていただいたり、捨てたり・・・。
とにかくモノを減らさねばという思いが先行し、そのモノに向かいあう
ゆとりもなく、とにかく処分処分。
そして 引っ越しが終わり、今になって「あれ、どうしたかな?」
とそのモノの所在を思い出すが、すでにもうない。
どこにいったかすら覚えていないものもある。
もらっていただいた方の場合は、理由があってお渡ししたので覚えて
いるが、売ったものはあまり記憶に残っていない。

とにかくそのときは捨てなきゃ、荷物減らさなきゃとの勢いで、処分し続けていた。
何年も使わないもの、着ないもの、読まないものなどを整理したのはいいが、
後になって、「ああ、あれは?ああ、しまった~」と悔いる瞬間もある。
最近、そんなことが何度かあった。
そのモノには背景や思い出があったのだ。それをしばらく忘れていたのだ。

モノは不思議だ。
勢いで購入したものなどは、あまり愛着がないが、
あそこで、ここで あの人から、こんな会話で・・・
とモノを通じて、いろんな物語や思い出があふれてくるものは、
捨てられない。

もちろん気持ちが変われば、忘れたければ、処分すればよい。
が、
愛着があるもの、思い出があるものは大切にしておきたい。
そして、余計な消費をなくすこと。
モノを増やさないで、あるものを大切にしていく。
もし、ほしいと思っても、本当に大切にできるかどうかで
判断すること。

せっかく働いて購入しても、すぐに不要になるのはもったいない。
せっかく苦労して手に入れたものが、
ネットオークションなどでみたときに、なんと安っぽく、寂しく
見えることだろうかと想像してみる。

モノにも魂があるのかも。
大切にされたものには命が宿り、
捨てられたもの、売られたものは、その命がしぼんでいくような・・。
もちろんそれをよみがえらせるのが、今のリサイクルビジネスでは
あるので、それはそれで意味があるが・・。

それにしても、モノについてよく考えよう。
一番の幸せは、好きなもの、本、人、音楽・・・に包まれて
生きることなのかも・・。

だから、思い出と物語があるモノを大切にしていこう。

東京時代は、消費の時代だった。ひとつの時代が終わって
良かった。
いつまでも、作り続け、売り続け、買い続け・・・なくて良い。
その時代を過ぎて、心の充足について考える。

思い出、物語。を大切に。

アメリカで毎年恒例のギビングサンクスセールが始まると
売りまくって、買いまくる・・・。
このお決まりのサイクルにふと、疑問もわきつつ・・
そんな季節の到来に、改めて・・。
消費に踊らされるのではなく、出会ったものを大切にと
自戒を込めて・・・。

カテゴリー: Essay (Word) | モノに宿る「メモリー」と「ストーリー」を大切に。 はコメントを受け付けていません

表情も、腕のうち。

演奏したり、話をしたり、踊ったり・・。
世にはいろんなパフォーマンスがある。多様な表現があるが
最近、気になるのは、その演者の「表情」だ。

早朝に流し見しているNHKのクラシック音楽番組では、
これまで知ることのなかった音楽家たちの演奏に触れることができ、
楽しませてもらっているが、
腕自体も、もちろん素晴らしいが、それにとどまらず
最近はどんな顔つきで弾いているかを楽しませてもらっている。

そして、改めて表情も腕のうち、と思うようになった。

悲しそうに、うれしそうに、さみしそうに、希望に満ちて・・・
と、表情豊かに弾いている演奏家の音色には、奥深さを感じ、
また音楽自体が生きている感じがする。
あるいは、演奏者と作品が一体になり、新たな世界を創りだしているような
気になり、こちらもその世界についつい、引き込まれる。
単に、指先の、口先の、手先の演奏・演技だけでは、魂は揺さぶられないのだ。

フォーレ四重奏団なる楽団の演奏で、女流バイオリニストの演奏を見た。
なんとまあ、表情豊かに演奏されているのが、とても素敵だ。
一目で釘付けになった。
クラシックの世界にも、こんな自由に表現する奏者がいるとは嬉しい限り。

表情で弾く。これは大切だ。
もちろん技術は前提だ。下手であってはそんな表情も逆効果だ。

弾けるようになるよう練習を重ね、テクニックを磨いた上に
表情を乗せていく、魂を入れていくという順番か。

いやはや、クラシック音楽はなんと奥深いことか。
年を重ね、だんだんその味わいがわかり始めてきた感じがする。

表情も腕のうち、作品をつくる重要な要素。

カテゴリー: Essay (Word) | 表情も、腕のうち。 はコメントを受け付けていません